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秘密のツリー 2

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「こっちこっち。」とTさんが連れて行ったのは、廊下沿いに二つ隣の部屋だった。彼は鍵のかかっていないドアを開けてするっと入って行く。「電気は?」私は入り口で少しためらってきいた。
Tさんは、「駄目。」と短く答えただけで、ずんずんと進み、その部屋に一つだけしかない、窓のところまで行った。そして、ゆっくりとこっちを振り返った。窓にはブラインドが下げてあって、廊下の蛍光灯と外のわずかな灯だけでは、窓を背にした彼の表情は見えない。
「ドア閉めて。ほら、もっと近くに、来て。」彼が手招きをする。私はドアを閉めて中に入り、横に立った。
「見てて。」彼は静かに紐を引き、ブラインドを上げていく。小さな部屋には、意外に音がひびく。カタカタと鳴りながら、ゆっくりとのぼっていくブラインドが、完全に巻き上げられた時。私は息を飲んだ。
1m四方の窓の中央に、クリスマスツリーが、浮かび上がっていた。漆黒の闇に、キラキラと瞬くそれは、福岡タワーの側面に浮かぶ、イルミネーションだった。高層ビルやマンションが立ち並ぶ地域なのに、その窓から見る角度だけ、奇跡的に遮る物がないのだった。モーゼの十戒のように、輝くツリーにむかって、すーっと道が開けていた。

「すごい。」それは本当に綺麗だった。「特等席でしょ?」彼は隣でささやくように言った。「このデパートの人間でも、この窓のこと知ってる人間は少ないよ。」「そうでしょうね。」私は周りを見る。どう見たって、倉庫。置かれているものは在庫などではなく、ほとんどが使われていない什器で、物置のようだ。
しばらく、二人で静かに、その輝きをみていた。最初に言葉を発したのは、私の方だ。「それで。」私はきいた。「これを見せたのは、私で何人目ですか?」

Tさんはビクっとして、眼鏡をあげながら「二人・・・目。」と答えた。正直なヤツ。私は「へ〜。」と言った後、続けた「つまり、奥さんに、あ、当時は彼女ですけど、これを見せて・・・。」私が目で促すと、彼は言った。「プロポーズしました。」
私がふふっと笑うと、Tさんは「は〜」とため息をついた後、少し赤くなった顔をうつむかせて、「かなわないね。」と言った。
「結局、のろけですね。」私はマフラーを巻き直しながら言った。「でも、光栄ですよ。二人目でも。」素直にそう思った。

あのイブの日から、もう何年も過ぎた。私がアルバイトしていたデパートは閉店してしまい、ビルはそのまま、別の商業施設になっている。
いろいろな人と、沢山のクリスマスイルミネーションを見たけれど、私のなかで、最も思い出深いのは、あの日見た、ビルの間のツリーだ。
一緒に見たのは、残念ながら既婚者だったが。

by privatecafe | 2007-12-18 12:38 | OTHERS...