49・50

a0007078_20412720.gif
幼なじみの母上が亡くなりました、61歳でした。
5月にもやはり、別の幼なじみの父上が亡くなっていて、こちらも62歳でした。

私たちは、いわゆる団塊の世代ジュニア、つまり、第二次ベビーブームの世代。子供がわらわらしていたので、皆まとめて面倒見ましょうという感じで、どの子の親もよく気にかけてくれ、非常にかわいがってくれた。だから、訃報を聞いたときは、泣きました。

お葬式の日、斎場に入ると、幼なじみはすぐに駆け寄ってきて「今日は本当にありがとう。」と言ってくれました。私は手を取ってお悔やみを言い、それから、少し近況報告をしました。
子供の頃、くたくたになるまで一緒に遊んだ仲間と、親が亡くなって再会する、というのは、嬉しいけれど、ホント、複雑デス。一瞬にして、昔に戻れるけど、親のことや家族のことなど、歳を重ねて背負っていくべきものも増えてきたのだと、実感しました。

式は進み、出棺の時間。車が出発する際に鳴らされる、長いクラクションの音に頭を下げながら、思いました。
お葬式は、亡くなった人の為、というより、残された人の為、かもしれません。
肉体は、必ず滅びる。けれども、故人が残してくれた言葉や思い出はずっと残る。これから生きていく、糧となる。その心の整理を、葬儀は担っているのだ、と。

頭を上げた時、一瞬、幼なじみの彼女と、目が合いました。大げさな笑顔はできないので、口の端を上げて「大丈夫?」と目を動かしたら、コクっとうなずき、子供の手をとって、車に乗り込みました。
おば様、さようなら。あなたの明るい笑顔、声、大好きでした。どうか安らかに・・・。
[PR]

by privatecafe | 2008-12-20 20:47 | OTHERS...