ただ、一度

a0007078_111333.jpg朝の、ひんやりとした空気の中、石畳をコツコツ鳴らして歩いた。ノートル・ダム大聖堂周辺のカフェは、まだ開いておらず、「レース、アリマス。」と書いた紙をはっている店も、カーテンを閉じたまま。
チケット売りのおじさんも、目をシバシバさせて「もう、来たのかい?」という感じで、重そうなドアを開けてくれた。
壁にかけられた、ルーベンスの『十字架降架』。窓にはめ込まれたステンドグラスを通して、淡い光が差す。修復作業をしている人が数人いるだけで、とても静か。私と夫は、一番前の椅子に座り、絵を見上げた。
絵に描かれた人々の表情は、今にも動きだしそうで目が離せない。何か企んでいるようなささやき声、苦し気なうめき声、泣叫ぶ声。一瞬、聞こえたような気がして、涙が流れた。他の人たちが入ってきて、空気が揺れ、我にかえった。
私が絵を見て泣いたのは、後にも先にも、それ一度きり。
[PR]

by privatecafe | 2004-05-26 11:14 | OTHERS...