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美しい人

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私が横浜に行ったのは、もう10年以上前。夫の出張にからめて、5日ほどの滞在だった。
季節は秋。宿泊したホテルニューグランドのまわりは、美しく紅葉していて、古い窓枠から見る下の通りや山下公園は、切ないほどにロマンチックだった。

夫は仕事できているので、週末までの昼間、私は1人でひたすら歩き回った。なかでも、当時福岡になかったバーニーズニューヨークには、毎日通った。『ティファニーで朝食を』よろしく、元町で買ったパンを昼食としてほおばりながら、ショーウィンドウを眺めた。ドアマン、まわりに停まっている車、建物、本当にうっとりした。

ある日、中華街をうろうろしていて、お店が何軒か集まっている建物に入り込んだ。どこも小さなお店で、店主の個性がみてとれるところばかり。そのうちの1つに入って驚いた、山口美江さんが、いた。そこは、彼女の店だったのだ。

本当に綺麗だった。芸能界を引退して、数年たっていたと思う。激太りとかで騒がれていたが、そんなことは全くなかった。肌は透き通るように白く、手足もスラッとしていて、薄い紫色のワンピースが、良く似合っていた。色っぽく、眩しいくらいのオーラがあった。
彼女は、あの声で、「ごめんなさい。」と言った。いつもはもっと開けているのだけど、急用ができもう店は閉めなくてはいけない、とのこと。時刻は14時くらい。私は残念だったけど、わかりました、と答えて店を出た。

その後、お目当てのアンティークショプに行き、ホテルに戻る時、また彼女の店のある通りに来た。そこには、黒塗りの大きな車が、2台停まっていた。磨き上げられた車のまわりには、黒いスーツを着た男たちが立っている。
そこに、彼女が出て来た。紫色のワンピースはそのままに、白い柔らかそうなストールを巻いて、ピンヒールで。一瞬、目が合った彼女が微笑んできたので、私も笑い返した。彼女はサングラスをかけながら足早に車に近づき、男が開けたドアに滑り込んだ。ドアがバタンと閉まった音で、我に返った。随分見とれていたのだ。ありきたりを承知で言えば、映画のワンシーンを見ているようだった。そして、男たちも日本語でない言葉を話しながらバラバラと乗り込み、車はスーッと走り去った。

今日、彼女の訃報をきいて、真っ先に思い出したのは、横浜でのことだ。
溢れるような知性と豊潤な色気、そして、様々な修羅場を、自分の力でくぐりぬけてきた人だけが持つ、透明感。ほんの一瞬の出会いだっけれど、彼女のあの強烈な美しさは、今も私のなかに、残っている。
心より、ご冥福をお祈りします。

by privatecafe | 2012-03-09 18:22 | OTHERS...